デス・オーバチュア
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神殺し。 本来、それは異名や称号の類のものではない。 存在そのものを指す名(言葉)であり、敢えて近いものを探すなら種族名。 神族でも、魔族でも、まして人間でもない戦闘生物(バトルクリーチャー)。 神を殺すためだけに存在する兵器(モノ)。 それが『神殺し』である。 信仰(神頼み)と科学(神の否定)が共存する空間。 そんな(神殿と研究所が混ざったような)場所をギルボーニ・ランは一人歩いていた。 「ヒュウ~♪」 ギルボーニ・ランは口笛を吹いて、歩みを止める。 目の前にあるのは『巨大な円柱の水槽』。 水槽の中には全裸の女が漬かっていた。 「完全な人型で……『生きている』のはこいつが初めてだな……」 全裸の女は両目を閉ざしていたが、死んではいない。 ただ眠っているだけだ。 「……F40……」 ギルボーニ・ランは水槽の下のプレートに刻まれた『記号』を読み上げる。 「40番目の実験体……こいつが最新型……最後の一体のようだな」 ここに来るまでに見かけた水槽には全てF01~F39までのプレートが貼られていた。 もっとも、水槽の中身は空だったり、肉塊だったり、『人の姿をしていない生物』だったりしたが……。 「悪いが始末させてもらう」 ギルボーニ・ランは右腰のホルスターから拳銃を引き抜くと、水槽の中の女へと突きつけた。 自動(オートマチック)拳銃『ガヌロン13(サーティン)』。 装弾数13発、対神族用の特種弾丸を装填可能な特注品である。 「せめて眠ったまま逝……ちっ!?」 ギルボーニ・ランが引き金を引くよりも速く、水槽が『内側』から打ち破られた。 コンマ数秒遅れて発射される弾丸。 弾丸は飛び散るガラス片と液体『だけ』を撃ち抜いて、彼方へと消えていく。 「くっ!」 ギルボーニ・ランは左横に跳び退きながら、右横へと発砲した。 『…………』 右横……つまり先程までギルボーニ・ランが立っていた場所に出現する全裸の女。 弾丸は現れた全裸の女の目前に迫っており、絶対に回避不可能なタイミングのはずだった。 『…………』 しかし、弾丸が額に当たる瞬間、全裸の女は再び消失する。 「ちっ、これならどうだ!?」 ギルボーニ・ランは10発の弾丸を限りなく同時に『何もない空間』に撃ち込んだ。 『…………』 次の瞬間、10発の弾丸の進行上に全裸の女が現れる 自ら弾丸に当たりにいくような形の出現であり、今度こそ彼女は回避不能なはずだった。 『……ンッ!』 全裸の女は赤い閃光と化すと、弾丸の前から姿を消し去る。 「ちぃっ! やはりまだ全速じゃなかったか」 ギルボーニ・ランは拳銃を右腰のホルスターに収めると、左腰の極東刀を抜刀した。 気配で先読みしてさえ、弾速(弾丸の速度)では捕らえきれなかったのである。 さらに加速し、赤い閃光と化した今では……。 「ぐぅっ!?」 ギルボーニ・ランの左首筋から赤い鮮血が吹き出した。 次いで右肩、その次は左脇腹、さらに次は右太股と鮮血が飛び散る。 「今度は鳩尾かっ!」 ギルボーニ・ランがを極東刀を横に一閃すると、ガキィンという鈍い音と共に赤い光の線が彼の後方へ弾け飛んでいった。 「まだ……なんとか目で追うことはできるが……」 後ろへ逸(そ)らすことができたのは三往復目の一撃だけ。 それまでの二往復(四度の手刀)は、微妙な体捌きで『貫かれる』のを『切り裂かれる』だけで済ますのがやっとだった。 「これ以上速くなるなら……それも怪しいな……っ」 間違いなくまだまだ速くなるだろうな……と嫌な確信(直感)。 「ちっ、来たか……っ!」 ギルボーニ・ランの体中から赤い鮮血が噴出した。 常人の目では『同時』に吹き出したようにしか見えないだろうが、実際は『連続』……コンマ以下の秒のズレがある。 「……まさに赤い閃光だな……」 全裸の女の動きは赤い閃光……赤い光の線にしか見えなかった。 「まあ実際は亜光速(あこうそく)……どれだけ速くなっても本当に光になっているわけじゃないだろうが……」 赤い光(線)の軌道がギルボーニ・ランの周囲を取り囲んでいく。 『ァァァァッ!』 気勢の声が聞こえた瞬間、億を超える赤い閃光(線)が編み目の檻を描くようにギルボーニ・ランを全方位から切り刻んだ。 『…………?』 攻撃を終了して姿を見せた全裸の女が、不思議そうな顔をする。 ギルボーニ・ランが完全消滅していたからだ。 先程の必殺の攻撃で、無数の肉片となって散ったならともかく、こんな綺麗に跡形もなく『消える』わけがない。 それに手応えもおかしかった。 3分の1ぐらい『空振り』したような気が……。 「降臨(ディセンド)……」 『……!?』 「六連抜刀(ガルウィング)!」 声に反応し頭上を見上げた全裸の女に、六つの刀(刃)が斬りつけられた。 「ふう、これで『神』とは……悪い冗談だ……」 ギルボーニ・ランは嘆息すると、帽子を深く被りなおした。 彼の足下には、全裸の女が床に俯せに倒れ込んでおり、その周りには六つの極東刀の残骸が転がっている。 全裸の女の『必殺の攻撃』の瞬間、ギルボーニ・ランは『神滅(必殺技)』の勢いで天井へと逃れていた。 無論、全裸の女の方が速度で遙かに勝るため、攻撃をかわしきることはできなかったが、構わず『上』へと突き抜けたのである。 そして、降下と共に六本の極東を召喚し、全裸の女に叩きつけたのだった。 「まあ、肉体(からだ)の丈夫さと回復力は『人間』以上ではあるか……」 六連抜刀の直撃を受けておきながらも、全裸の女はまだ生きている。 その上、もの凄い速さで肉体の回復……いや、『修復』を進めていた。 「……だからどうしたって話だがな」 この程度の不死性や再生能力は大して珍しいものじゃない。 吸血鬼や獣人など『純粋な人間でないモノ』なら基本能力の一つだ。 「人を超えたぐらいで、神に至れば苦労はない……間があるんだよ、でっかい間がな……」 『そうね、そのとおりよ。絶対的で圧倒的な力の開きがねっ!』 「な……っ!?」 ギルボーニ・ランの背後に気配が生まれる。 絶対的な力の波動、圧倒的な存在感。 振り返るまでもなく解る。 後ろに居るのはとんでもない『化け物』……それこそ『神』の如き存在だ。 「……誰……いや、何だ、お前は?」 ゆっくりと振り向いたギルボーニ・ランの目に映ったのは、異常な気配(波動と存在感)とは似つかわしくない人物。 「イリーナリクス・フォン・オルサ・マグヌス・ガルディア」 どこまでも清らかで、愛らしい少女だった。 艶やかで、光り輝く白髪のツインテール、蒼穹のどこまでも青く澄み切った瞳、白くきめ細かい象牙の肌、彼女を構成するパーツは全て最高級のものばかり。 そして、身に纏う竜胆色(青紫)のキャミソールドレスもまた彼女に相応しい最高級の逸品だ。 「そこに転がっている『紛い物』とは違う『本物』の神様よ」 天使か妖精のように愛らしい少女(イリーナ)は、一片の迷いも無く自らを『神』と言い切る。 「……『神』か……大した説得力だ」 ギルボーニ・ランはシニカルに微笑った。 現れた瞬間から認めている。 『神の領域に達したモノ』だと……『狩るべき対象』だと。 「正確には『神人』と呼んでちょうだい。あるいは『地上の神』とでも」 「神人……神の人……ああ、ガルディア……そういうことか」 今の発言と少し前の名乗りから少女の正体に察しがついた。 「まあ、いまさらどうでもいいがな」 「どうでもいい?」 「ああ、素性なんて解る前から、俺はお前を殺すと決めていた……」 大事なのは素性じゃない。 格……存在のレベルが神に達しているか、達していないか、それが全てだ。 「『神』に出逢った『神殺し』のとる行動はたった一つ……たった一つだけだ」 ギルボーニ・ランは「左脇の空間」に極東刀を出現させるなり一気に刃を引き抜き、切っ先をイリーナへと突きつける。 「神殺しね~あなた自分が何なのかちゃんと知っているの?」 「…………」 「『神を殺す兵器(もの)』……異界の竜(神)が古き神々を皆殺しにするために生み出した殺戮兵器……使い捨ての戦闘生物(バトルクリーチャー)」 イリーナは哀れみと嘲りの籠もった眼差しをギルボーニ・ランに向けた。 「あなたが神を狩り続けてきたのはただの本能……存在の根源に植え付けられた最優先命令(プログラム)に過ぎないのよ」 心底愉しそうに、イリーナはギルボーニ・ランの生き甲斐を、生き方を、今までの人生を全否定する。 「…………ふうぅぅ」 それに対して、ギルボーニ・ランは物凄く深い溜息で答えた。 「どうでもいい話は終わったのか?」 「どうでもいい!? あなたの正体、存在理由が……」 「これ以上萎えさせるな、そんなことはどうでもいいんだよ……」 ギルボーニ・ランは左手の掌を突き出し、刀を持った右手を引き絞る。 「神滅(しんめつ)……この技の名前にして、俺の『全て』だっ!」 言い切るより速く、 ギルボーニ・ランは爆風と爆音を巻き起こして駆け抜けた。 パチーン!と指を鳴らす音が響き渡る。 「ふふふっ、ここまでにしましょうか」 「……ふぅ、ああ?」 イリーナとギルボーニ・ラン、対峙する二人には明確な差があった。 ギルボーニ・ランが傷つき疲れ果てているのに対し、イリーナは傷一つなく呼吸もまったく乱れていない。 前(全裸の女と)の戦闘の段階ですでに傷を負っていたギルボーニ・ランだが、全裸の女に付けられた『鋭利な傷』とは違う『深く荒い傷』がまるで傷の上書きでもするように全身に刻まれていた。 「もともと、人工的に『神の如き人間』を創り出そうなんてふざけた研究をぶち壊しに来ただけで、あなたと戦う理由もわたしにはないしね~」 「……なるほど、天然の神様としては養殖の神など許せないと?」 『神を創造する研究』の破壊……ここに来た理由はギルボーニ・ランも同じである。 もっとも動機はまったく違うのだろうが……。 「あたりまえよ、地上の神はわたし唯一人! まあ、ほうっておいても良かったかもしれないけどね、こんな『出来損ない』しか創れないなら……」 イリーナはいまだ床に横たわっている全裸の女(汚らしい塵)を見下した。 「あ、やっぱり駄目ね。創ろうとする行為自体が許せないわ。うん、ぶち壊して正解~」 気に入らない行為、生意気な研究。 それだけでこの神人にとっては来訪(破壊)するに十分な動機だった。 「それはともかく、お前には無くても俺には戦う……殺す理由があるんだがな」 ギルボーニ・ランは右腰のホルスターから拳銃を引き抜く。 「理由ね……まあ、そこはもうつっこまないけど……あなたの勝手だし~」 「ああ、勝手にさせてもらう」 「でも、手持ちの刀はもう尽きたでしょう? 拳銃だけで殺り合うって言うなら……神(わたし)を舐めるなっ!」 「ぐっ……」 イリーナが一睨みしただけで、ギルボーニ・ランの周囲の空間が歪んだ。 眼光による威圧……いや、明らかに物理的な圧力がギルボーニ・ランを握り潰そうとしたのである。 「舐めちゃいないさ。刀……『牙(キバ)』ならとっておきのがまだ残っているっ!」 「……嘘ではなさそうだけど……愉しみは今度にとっておくことするわ」 「おい……」 「あなたはわたしの『千億の絶望』をまがりなりにも凌ぎきった……」 「千億の絶望……さっきのあれか……」 それは『一瞬』で『一撃』でギルボーニ・ランを今の状況に追い込んだ技のことだ。 もっともあれを『一撃』と呼んでいいのかは微妙なところだが……。 「そのしぶとさを評価し、わたしの部下(下僕)にしてあげるわ」 「ああぁっ!? ふざけるな! 神殺し(俺)が神(お前)に仕えるわけが……」 「給金は破格よ、今なら特典としてそこの塵も助けてあげましょう」 イリーナの言う塵とは、『穴だらけの床』に転がっている全裸の女のことだ。 穴だらけの床……「人の肩幅より少し大きい穴」が見渡す限り隙間無く床全体を埋め尽くしている。 この惨状もまた、千億の絶望(イリーナの一撃)によるものだった。 「それこそふざけるな、この俺が神を助……」 「神じゃないでしょう、この紛い物で出来損ないな塵は」 「…………」 「どちらかといえば人間……あなたの庇護対象側だと思うけど?」 「……別に俺は人間の守護者のつもりはない……」 「そう? 神即斬……あなたは人間を弄ぶ神という存在が許せないんでしょう? ある意味この塵も神の犠牲者と呼べるんじゃなくて? あなたの『正義』的にどうなの?」 「ふん……俺のことを随分とよく知っていやがる……」 ギルボーニ・ランは拳銃をホルスターに収める。 「話を聞く気になったみたいね。デミウル、どう?」 イリーナは満足げに微笑うと、ギルボーニ・ランの向こう側に話しかけた。 「酷い出来だ……調整槽(ちょうせいそう)の外では三日と生きられまい……」 赤い外套の男が全裸の女を抱き上げている。 「あなたならなんとかできるでしょう?」 「一度再調整すれば、定期的な投薬だけで『生かし続ける』ことは可能だ」 デミウル(赤い外套の男)は、『物』を見るような目で全裸の女を診察した。 「ですって、どうする?」 イリーナは天使のように無邪気な笑顔で、悪魔のように意地悪く尋ねた。 「御武運を、ギル様」 そう言って、フォーティは明るい笑顔でギルボーニ・ランを送り出した。 永の別れになるかもしれないのに、どこまでも明るく軽くいつも通りに……。 「…………」 ギルボーニ・ランは玉座の間への通路をゆっくりと歩いていた。 「……何か用か?」 通路(進行方向)の暗闇に水色の炎が浮かび上がる。 水色の炎は瞬時に大きく燃え上がり、人の形を形成した。 透き通るような水色の長い髪を持ち、両目を閉ざした黒いドレス美女。 『…………』 「……神……少し違う……それに邪悪過ぎる……いや、邪悪より質の悪い何かだ……」 『言ってくれますね、運命の女神をつかまえて……』 水色の女神(アトロポス)は涼しげに微笑うと、ギルボーニ・ランの前に降り立った。 「運命の女神?……この感じは剣?……ああ、ガイの剣と同じ十神剣ってやつか……」 『自己紹介が省けて助かります』 「……で、運命の女神様が俺に何の用だ? 道を塞がれると邪魔なんだが……」 ギルボーニ・ランは大して興味なさそうに尋ねる。 間違いなく神族であり、邪悪な存在だと確信しておきながらも、ギルボーニ・ランの食指はなぜか動かなかった。 『フフフッ、すでに標的の定まっている貴方にとっては私など障害物に過ぎませんか……』 「ああ、どうやらお前は俺の担当外らしい……見逃してやるからさっさと退け」 『おっと……』 唐突にアトロポスがギルボーニ・ランの側から飛び離れる。 『邪悪な神として滅せられるならまだしも……ただの障害物として斬り捨てられるのは御免蒙(ごめんこうむ)ります』 退けと言った瞬間、ギルボーニ・ランの右手が極東刀の柄に添えられるのをアトロポスは見逃さなかった。 『怖い怖い……さっさと宣告を済ませて帰るとしましょう』 宙に浮かぶアトロポスは飄々としており、とても本気で恐れているようには見えない。 『この道に後戻りはない、汝の命運は今宵尽き果てる。牙の目覚め、 其は世界よりも古く偉大な皇の贄と成らん』 運命の女神(アトロポス)は一切の感情の感じられない声と表情で告げた。 「フッ、身も蓋もない予言だな。玉座の間に行けば必ず死ぬというわけか」 予言の後半の意味は解らないが、前半は露骨すぎる死の宣告である。 「この俺がイリーナに絶対に負けると? そう言いたいのか……」 『…………』 アトロポスは肯定も否定もしない。 「おかしな話だな……誰に? どうやって? 殺されるかは話せないと?」 『……明確な答えを教える(確定の未来を押しつける)……そんなつまらないことはしたくありませんので……』 「よく言うぜ……」 絶対の死を宣告しておきながら、未来を押しつけていない? ふざけた話だ。 『いま引き返せば貴方は助かる……けれど、貴方は……』 「引き返すわけないだろう、馬鹿がっ」 ギルボーニ・ランは即座に言い返す。 『そう言うと解っていました。では、精々(せいぜい)運命に抗って見せてください。貴方が星の軌道を変えれることを心より祈っていますよ~』 無慈悲な運命(アトロポス)は水色の炎と化して暗闇の中へと消えていった。 一言感想板 一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。 |